2020年03月06日

前世療法から考える因果応報の法則(カルマの法則)

【質問】
自分が被害者の時は、因果応報でそうなったのですか?

【回答】
そのとおりです。
ふってわいたような災難はすべて、
過去の因が果となり戻ったものです。

それを回避したければ、日常における善行の積み重ねにより、
運勢を好転させるか、信仰の徳によるしかありません。

信仰をもち、生き方を変えて、世のため人のために
愛と真心を尽くす人間になったら、運勢は好転してきます。


【質問】
自分が加害者になる時は、
自分の自由意志でそれを行ったのでしょうか。

【回答】
殺人や泥棒やいじめや不正など、加害というアクションを起こすのは、
エゴイズムを克服できない自分の自由意志によります。

だからこそ、その自由意志の責任をとることになるのです。
誰でも自分がまいた種は自分で刈り取ることになります。

加害という種は、被害という果実になり戻るのです。
その反対に誰かのために愛と真心を尽くして幸せにすれば、
自分にも幸せな出来事が戻ってくるのです。


【質問】
自分が加害者の時の被害者は因果応報ですか?
それともただ単に加害者の自由意志なだけですか?

【回答】
自分が加害者の時の被害者は、その人の過去からの
因果応報をそこで受けたということです。
だから、因果の成立しない加害はできません。

たとえば、あなたが、誰かを殺そうとしたと
します。その誰かに殺されるだけの因がないなら、
あなたにはその人をどうやっても殺せません。

殺人事件などの凶悪事件でも殺される人もいれば
たまたま助かる人、ぎりぎりのところで命を救われる人がいます。

そういうニュースをみてもわかるように、
自分に殺害されるような前世の因果がない場合、
神仏の加護により必ず、救われるのです。
posted by 久保征章 at 20:13| 前世療法

2020年01月13日

他人のあら探しをやめる〜闘争的世界観からの解放

我々は他人を見る時にその悪いところを見てしまうことがあります。
そこに焦点を当てると、その人の悪いところが拡大して見えるため、
ますますその人が悪い人に見えてくるのです。

人生をまるで闘いの場であるかのように捉えてしまうと、
必死で敵のあら探しをしなければならなくなります。

人生に押し寄せてくるいろいろなものに、
負けないように抵抗しなければならない意識になってしまうのです。
本当は人生で何かと闘う必要なんて無いのです。

それでも闘わなければならないとしたら、
それは、「人生とは闘いだ」と信じているからそうなっているだけです。

相手の良いところに目を向けることに意欲的になってみましょう。
相手を敵だと見なすのをやめるのです。

私たちが敵だと見なさない限り、敵は存在しません。
敵だと見なした瞬間から、その人が敵になるのです。
敵を作り出しているのは、私たち自身です。

他人を敵や悪者にしようと無意識に思うと、
誰かが自分を不当に扱い、そのせいで望む結果を
作り出すことができなかったという物語を作り上げ、
他人が悪者であることを証明しようとするのです。

被害者であることを演じていると、それを証明するために
自分をダメにする何かに取り組まなければならず、
それを止めない限り、最終的に自分をダメにしてしまいます。

他人を悪者にしようとするあまり、
誰かや何かに対して、文句や不平や不満を言ってしまうと、
言えば言うほど、人は成功の自信を失います。

実は誰かに文句を言っている時の我々は、
「望むものを手に入れないこと」を潜在意識で選択しているのです。

それを手にする価値が己にあると信じられないので、
文句を言うことでそれが手に入らないようにしているのです。

この傾向がある人は、権威との葛藤を持っています。
上司や権威者が言うことに腹が立ちやすいなどがそうです。

これは、幼児期の父親(父親代わりの権威)との関係が原因で、
この葛藤を癒すには父親や母親に抱いた未解決の感情を
完了させなければなりません。
posted by 久保征章 at 12:20| 潜在意識

2019年08月09日

自分に対する負の定義づけをやめる

人は自分について自己認識を持っています。
そして、この自己認識こそが運命を左右しているのです。
法則がわかれば意図的に流れを変えることができます。


自分について感じたことを
そのまま受け入れるのではいけません。
自分を幸せにする見識を受け入れ、
自分を不幸せにする見識は捨てるのです。


開運に時間がかかるほとんどの人が、
自分に「負の定義づけ」をしておられるのです。
頑丈に負の定義づけをして、縛っておられます。
自縄自縛のためにエネルギーを使っておられます。


自分の悪いところがわかったらそれを改めることが
生まれてきた目的であり、
それをまず神様に祈ることが最初にすることです。


「やろうと思うのにどうしてもできない」
と相談される方も多いですが、


これもまた「負の定義づけ」です。
自分が自分の成長を拒んでいると自己定義し、
自縄自縛現象をおこしてしまうのです。


これを軌道修正するには肯定的な自己定義づけを
時間をかけて根気よく続ける必要があります。


これまで頑丈にぬりかためた負の定義づけの砦を
肯定の定義づけの言葉で壊す作業が必要です。
そのためにも「神伝トリニティ願望成就法』を
実践し、祈り方を変えてください。


たとえ良い変化でも変化を嫌うのは、
地獄にいる先祖霊が影響していることが多いです。


地獄にいる先祖霊があなたの性格をゆがめているのです。
「やろうと思うのにできない」という人は、
より強力な先祖供養が必要です。


そのためにも「開運究極奥義」の教える、
正しい先祖供養を行ってください。
それがまずなすべきことです。


「神棚で祈れない」「神社に行けない」
こういう悩みを相談される方もいますが、
これを解決するには、


「神棚にむかえるようになりますように」
「神棚にむかえる気力をお授けください」
「〇〇神社に行けますように」


このように、まずその場でお祈りしてください。
声に出して祈るのです。これを立志発願といいます。


それを根気よく繰り返すことで他力の応援がきて
自縄自縛が解除されるのです。
霊的な障害も解除され、行動できてくるのです。


毎日、「神棚にむかえますように」と祈ってますか?
布団の中で祈ってますか?
それをしないのがいちばん問題かもしれません。


守護霊様に祈るにはその場でもいいので声に出して
「〇〇できるようにお守りください」とお祈りしましょう。


停滞する人の場合、できないできないと呪文をかけて
できないできないと結果を受け取り、
そこで終わっているのが問題です。


できなければ「できるようになりますように」
「できるようにしてください」
「できる気力体力をお授けください」


このように祈ることをまず習慣化しましょう。
それはその場で祈れます。場所を問わずできることです。
その祈りを根気よく、何十万回も繰り返すのです。


一度に2分であってもそれを頻繁にしていると
祈りはしだいに長くなり、多くなります。
それが顕現力のある祈りです。


また、うまくいかない人ほど、いろいろなところに目を向けすぎ、
教材の内容、メルマガの内容などから
意識が離れているのも大きな問題です。


どうしても違うところへ目がいくのは
あなたの開運を邪魔する者たちの誘惑なのですから、
それを断ち切る目を持つことが大切です。


経済的に困窮している人の場合も、
わずかなバイト代などの使い道が問題です。
好きなことをしていいですが、


まず「開運究極奥義」の先祖供養にお金を使いましょう。
邪魔するものを解除すればどんどん物事はスムーズにいきます。
【神伝トリニティ願望成就法】

タグ:先祖供養
posted by 久保征章 at 00:28| スピリチュアル