2020年08月29日

占いに凝ることも占い師になることも危険

【質問】

私は易経解釈は、ざっと読みました
昔、易占を習っていた時に読んだのです
私が易を習ったのは、結婚の失敗で懲り懲りしたのと
離婚後、占い師になって生計を立てたいと考えていたからですが
結局、占い師になれるほどの実力をつけることは出来ませんでした
易はタロットよりはるかにまともと思っていたのですが、違うのでしょうか?


【回答】

占い師というのは、死後、あまり良い霊界に行けない職業の
典型例の一つです。その多くは地獄に落ちます。
なぜなら、人を間違った道に迷わせる罪をこしらえてしまうからです。


占い師は、「指示待ち人間の大量生産」という罪を犯しているのです。
人間は、試行錯誤して魂を磨くのであり、
占い師の答えをきいて指示待ち人間になることは間違っています。


神意が知りたければ神様のおられる推奨神社で
正しいお祈りをして
おみくじを引けばそれで十分です。


生活修業もできてない霊格の低い人間が
占いのテクニックだけを磨いても稲荷など邪気が
憑依して動物霊の入れ物に成り下がるだけなのです。


占い師になって生計を立てるなど、
死後、どんな恐ろしい霊界であがないをするかを
考えたらとてもできることではありません。


もちろん、こうしたリスクをよく理解して、
人を迷わせず、自由意志を阻害しないように
細心の注意を払い、


人の幸せのために誠心誠意尽くしているような
占い師のかたがもし存在したとしたら、
その人は例外といえるでしょう。


わたしは寡聞にして、そのような占い師は存じ上げません。
占い師もお告げする霊能者もいずれの道も
邪道の商売なのです。


質問者の場合、そもそも、
易を占いに使おうとしていることが大間違いです。


易は本当は占いに使うものではありません。
易は本文や解釈を熟読して、神羅万象の流れ方の
自然の法則を学ぶためのテキストです。


「易経」は四書五経の一つとして、生き方を学ぶための古典です。
易の卦を出して占うような使い方は
バカ者のすることなのです。


「易経」の本当の読み方とは、そうではありません。
「易経」は最初から最後までじっくりと熟読して、
自然界の摂理を学ぶものなのです。


つまり「論語」や「老子」のような使い方をするものです。
使い方を間違えばどんな素晴らしい物も活きません。
考え方を根本から変えていく必要があります。


「易経」を本当に会得しているなら、易経でいう
「君子は終日乾乾(けんけん)、夕べにタ若(てきじゃく)たり、
氏iあやう) けれど咎なし。」


ということが本当に実践できていなければなりません。
あなたは実践できていますか?
そもそもこの文のほんとうの意味があなたにはわかりますか?


できていないなら、それは「易経」を学んだとは言いません。
表面的に触っただけでしかありません。
「易経」とは生き方を会得するための古典なのです。


つまり、「易経」とはここにあげた一例のように
使うものなのです。使い方が根本的に違うのです。
「ざっと読みました」というのはまったく足りないのです。


易経や論語などはいつも座右の書として
身近において、ヒマがあれば読み返して、
文章を何度も咀嚼し、何度も解釈し、


自分なりに深く理解していくまで
味わって学び取るための本です。


推理小説をざっと読みましたというような感じで
読むものではまったくないのです。
何度も何度も味読熟読し、初めて深意が会得できるものなのです。


四書五経を学びましょうというのはそういうことです。
「論語」、「孟子」、「大学」、「中庸」、「易経」ぐらいは、
勉強しておくことが大切です。


ほかに老子、荘子、菜根譚、言志四録、
山鹿素行の中朝事実、吉田松陰の武教全書、
橋本左内の啓発録ぐらいは読み込んでおきましょう。


十年かけてるつもりで良いので少しずつ学び、
本当の「道」というものを学んで下さい。
そうすれば、占いなど必要なくなります。


生きている時にどれだけ善徳を積み、
どれだけ深く真理を会得したかで死後の行先は
決まります。


しっかりと学び、あわせて日々の善徳を積みましょう。
この教材で魂の向上の仕方を学んでください。
【神伝トリニティ願望成就法〜前世療法の医師が教える秘奥義】
posted by 久保征章 at 15:50| スピリチュアル

2020年06月19日

この世で怠けているとどんな結末があるか

生活保護や障害年金などは社会のセーフティネットであり、
日本はこれが行き届いている稀有な国の一つです。
世界にはもっと悲惨な国も多いです。


今回のコロナ騒ぎのような特別な状況においては
政府が給付金や減税によって国民の
窮状を救うことは当然であり、それを受け取ることは当然です。


人生においてなんらかの困難に見舞われ、一時的に
福祉のお世話になることはやむを得ないことであり、
それは国民としての権利です。


ところがこの制度にも抜け穴があり、中には、本当は働けるのに
生活保護をもらう狡い人もいれば、障害年金をもらうとラクなので
病気を治すことよりも現状に安住していこうとする人もいます。


今回はこんな狡いことをしている人が
どうなるかについてのお話です。
正当な理由で福祉のお世話になる人のことではありません。


本来、生活保護を受ける必要性がないのに、
生活保護で安穏と暮らしている人は残念なことに、
死後、地獄に行くことになっています。


もちろん、本当に困窮して、やむにやまれぬ事情で
生活保護となり、一時的にそれに頼っていても、
そこから努力をして、また立ち直るような人は地獄など行きません。


しかし、生活保護を悪意あるやり方で利用して、
働けるのに働かず、生きているというのは、
神様の目からみれば、泥棒であり、盗みの罪です。


生活保護にしても、精神疾患の場合の障害年金にしても、
それらは、まっとうに仕事をして働く人が止むにやまれる事情で
生活に困窮する時、それを救うのが本来の目的です。


その制度をうまく利用して狡いことをしている時点で
それは天の賊ですから、天罰(因果応報のこと)は
避けられないのです。


人間は生まれてきたら魂を磨く生き方を
するのが正しい生き方です。
そこには精進努力が伴い、自分磨きが伴います。


本当は働けるのに、生活保護の制度を悪用する人は
努力をせず、積善もせず、魂も磨かないで、
ただ、国の金を盗んでいることになります。


これは「怠けの罪」となります。
生まれてきたのに魂を磨かなかったという天の罪(天津罪)です。
ですから、死後、「怠け地獄」が待っています。


怠け地獄に行くと、そこで数百年以上も単純労働をして
修行することになります。


数百年の地獄での懲役のあと、ようやく生まれ変われても
今度は、生活保護などない貧困国の底辺の住民の一人に
生まれ変わって、苦労することになります。


日本のような制度の国に、もう一度生まれ変われることは、
改心できるまではありません。


このような霊界の実情を知らないので、
自分たちはずるがしこく生活保護を取得して
得をした気分になっているのですが
ほんとうは恐ろしい破滅の道に堕ちて行っているのです。


大切なことは、生まれてきたら、
人は魂を磨かねばならないということです。
人間は魂を磨くために生まれ変わりを繰り返しているからです。


このことを自覚できた魂が、悟った魂ということになります。
悟った魂の人は、人生において自分を磨いて高める生き方をめざします。
学問や読書をしたり、技能を磨いたり、何かを習得する日々を送ります。


そして、自分の人間としての実力を高めて社会に奉仕して積善をします。
ほとんどの職業は、積善をするための道として活かされます。


悟った魂ならば、仮に、一時的に、
生活保護や障害年金を受け取らねばならない状況になったとしても、
その環境の中で、少しでも、自己研鑽のために行動をするのです。


学問や読書をしたりして自己研鑽をすることはもちろんですが、
地域のボランティア活動や社会奉仕など何か、積善をしようとします。


あるいは家の中にいても、炊事、洗濯、掃除、
整理整頓などの家事労働を
行うことで家族のために奉仕するのです。


このように魂を磨くことを忘れず、
自己修養と積善の二つの努力を少しずつでも行うなら、
生活保護や障害年金の環境にいても問題は少ないです。


そして、そんな心がけの人は、
最終的には経済的に自立して、福祉を卒業できます。


自分の向上のために時間を使うと魂は喜んで輝くようになります。
その結果、運が良くなり、幸福感、充実感が増し、
生きがいを感じられるようになるのです。


人間は、何も努力せず、向上せず、怠惰に過ごしていると、
虚しい気持ちになってくるものです。
虚無感は、魂からのメッセージなのです。


そのメッセージとは、
「もっと磨いてほしい」という叫びなのです。
虚無感を打ち破る方法は魂を輝かせることです。


魂はどうすれば輝くか。
それは魂を磨けば輝くのです。


つまり、学問、研鑽、勉強、学び、見識を高める、
他者への奉仕、人に役立つことをすること、
などがそれに相当します。


魂が輝けば守護霊とのつながりも強化され、
結果的に邪気も祓いやすくなります。


家でいる時間が多い人は、
その時間の一部を読書など学問にあてましょう。
そして、家の中でもできる積善として炊事、洗濯、掃除など家事をしましょう。


そして、できるだけ社会への積善をしましょう。
推奨神社への参拝や真の先祖供養も積善に含まれます。


人間は魂を磨くために生まれてきますので、
なにも磨くものがないと、魂が虚しさ、虚無感を覚えます。
これが気分が落ち込む大きな原因です。


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posted by 久保征章 at 18:38| 開運秘伝

2020年04月04日

潜在意識と対人関係、仕事でダメだしされるのがつらい

【質問】

仕事をしても、いつも失敗ばかり。上司から注意を受けてばかり。
ののしられてしまったこともあり、落ち込みます。
それで仕事をすることが怖くなってしまいました。


【回答】

このような人はどう考えるべきなのでしょうか?
人は、自分の得意な分野を仕事にすることがもっとも大切です。
誰でも、自分にとって得意な分野があります。


掃除が得意であったり、接客が得意であったり、
人の話を上手に聞けたり、何かを上手に説明できたり、それぞれ得意分野があります。


社会において、それぞれの人が自分の得意分野で貢献すれば、
それがお互いの助けあいになります。それが働くことの意味です。
「はた」を「らく」にするから「はたらく」です。


適性のある分野で自分を伸ばすことは重要です。
まず、自分の得意分野、適性を最初に考えてみましょう。
世の中にまったくの無能な人間というのはありえません。


過去を振り返れば、必ず自分の適性、得意なことが見出せます。
それを仕事にすることができないかを考えてみましょう。
そういう分野を探して応募することは社会貢献でもあります。


そして、いったん働き出したら、松尾芭蕉の言った
「われ、無芸無能にしてこの道に通ず」という言葉を
支えにしてみることをおすすめします。


どのような分野においても、
仕事に習熟するには時間が必要な場合もあります。


無芸無能つまり、ほかに何も能力も才能もないけれど、
この道を信じて、ひたすら進んでいくことで、やがて、
できないこともできるようになったという成長の仕方です。


つまり、怒られても、叱られても、注意されても、
それを乗り越えて、成長していく「心の強さ」を持つようにするのです。


それは得意な仕事や好きな仕事であるならば、できるのではないでしょうか。
貧弱な心である限り、心が成熟した人となりえません。
心が成熟すれば、誹謗中傷でも自分の糧として成長できるようになるでしょう。


他者からの評価のために働かず自分を磨くために働く世界観を持つことです。
その心のバネを会得していこうと考えてみてください。


ちょっと注意されたり非難されるとすぐにへこむのは、
本当はプライドが高すぎるということなのかもしれません。
プライドが高すぎるので、人に注意されたくないのかもしれません。


その傲慢な心を捨てて、謙虚に学ぶ人になるなら、成長も加速されるでしょう。
注意されたら、そこから謙虚に学ぶ人であれば、へこんでいるヒマはありません。
落ち込んでいるヒマはありません。


注意されたり、欠点を指摘されたら、
素直にそれを改めていこうという心は大切ではないでしょうか。
謙虚な向上心は、魂の美徳です。そして、仕事とは魂の学びです。


誰でも、得意な分野であれば楽しみながら働けるものです。
自分の得意分野がたとえば、単純な組み立てや、
整理整頓や清掃などの黙々と作業する事だとしたら、


その分野で就職活動すれば成功しやすいはずですし、
人とのコミュニケーションが得意なのであれば、
接客業などの分野で活動することで成功しやすいでしょう。


今は、事情で家にいる人でも、内職やパソコンの仕事もあり、
なんらかの社会貢献ができる時代になってきています。


自分を適材適所に配置すれば、世のために徳が積めるので、
その徳分により幸運がめぐってきて、
理想実現などの喜びが授かって幸せな人生が開けていきます。


自分が幸せになるためには、誰かを幸せにすることです。
仕事で人のためにつくすことで、誰かの幸せに貢献しています。
それがそのまま自分に戻ってくるのです。


仕事に限らず「中途挫折の悪癖」は改めるほうがいいでしょう。
それには信仰心つまり「貫く精神」が不可欠でしょう。
人間は失敗するのが当たり前なのだと悟ることが大切です。


すぐに落ち込む性質の人というのは、
「こうなりたい」⇒「ならなかった」⇒「落ち込む」の繰り返しです。


謙虚で素直な心を持つ人の場合はこうはなりません。
「こうなりたい」⇒「ならなかった」ここまでは同じですがその後が違うのです。


思い通りにならなかった原因を探り、
自分に足りなかったところを見つけようとします。
そこを軌道修正して再チャレンジするのです。


謙虚に学ぶ人であればこうなります。
「誰でも最初は色々間違えるものだ。でもそこから学び取ることで成長するんだ。」
成功できない理由とは、自分の欲する成果と、自分の努力の中身とのズレがあっただけです。


最初からうまく行く人などいないということを悟り、
ズレをあるがままに認めれば良いのです。


認めることができないから「なぜこんなことになるかわからない」と言ってみたり、
「自分にはできない」と感じてしまうのです。


最初からうまくいくのが当たり前だという思い込みがあり、
そうならないから落ち込むのです。これは傲慢で自信過剰といえます。


「うまくいくはずの自分がうまくいかなかった」そう考えるから落ち込むのです。
謙虚で素直な人は、そうは考えません。
「最初からうまくはいかないことも多い」という前提で行動します。


毎日毎日、うまくいく為に軌道修正を繰り返すだけです。
その状態のときに、心は明るく、前向きです。
夢と希望があるので幸福感に満ちています。
posted by 久保征章 at 17:51| 潜在意識