2016年06月11日

「私は正しい」が行き過ぎると被害者意識になる

被害者意識を持つことが、どれだけ潜在意識に
不利益を被るか、計り知れないものがあります。


被害者意識を持つ時、その人は人生のコントロールを
自分以外の存在の意思に委ねているということになります。


これは「人生は思いどおりにならない」
という暗示を入れているのと同じことになります。


相談メールで多いのは、「私はこんな嫌な目に会いました。
でも、この場合、私は正しいのです。悪いのは相手なんです」
というものです。


何でもこの世界観で物事を考えていると
その人は必ず行き詰まります。


それで、方向性を修正できるように
提言すると、「それじゃあ、私が悪いってことですか」


と、かみついてこられるのです。
この反応の仕方をしている限りは、
その人は開運や自己実現はできません。


「私は正しい」が行き過ぎると被害者意識になるのです。
この反応のクセを直す必要があります。


前世療法的な宇宙観を悟れば、
「すべては自分の不徳の致すところ」
と考えられるようになります。


たとえ理不尽きわまる目にあっても、
そのような運命に直面したのは、
自分の過去からの因果応報なのです。


そう受け止めることは、怒りを手放し、
被害者意識から離れる第一歩になります。


被害者でも加害者でもなく、
自分自身で因果応報を創造していく過程に
私たちはいます。


今、不愉快になったり、うらんだりすることは
未来に新しいマイナスの種まきをしてる
非常に損失の大きな行動だとわかるのです。


理不尽な目にあったとき、できるだけ早く、
それを手放し、未来にむけて良い因の種をまくことです。


そのためのひとつの考え方が前世の因果応報であり、
避けられない災難で、悪劫がひとつ清算されて、
よかったと解釈することなのです。


これは引き寄せの法則から考えても非常に効果的な考え方です。
輪廻転生と因果応報についての悟りが
得られたら、人生観が変わります。


すると、引き寄せの法則が強力に作用する
好転現象がおきるようになります。


もしあなたが
「最近、わたしは運が良くなってきたなあ」
と考えることができていれば、
その方向性は間違ってはいません。


大切なことは、心の全体像がそうなること。
部分的に良くて、部分的に悪いと考えていたら、
好転の流れが遅くなります。


すべては必然、必要、最善だったと考えるのです。
そこには、天や神仏や守護霊によるお導きで
そうなったんだと善意に解釈できる、信仰力が必要です。


これが普遍的信仰心というものなのであり、
このような生き方ができてくれば、その人は、
普遍的信仰心を会得した人といえるのです。

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posted by 久保征章 at 00:46| 前世療法